舌先から散弾銃

ただの日記です

オジギソウ

小学校5年生から中学3年生まで同じクラスだった男の子。小学校6年生には多分まあ彼氏と呼んで差し支えなくなり、高校2年生の時に友達に戻った。友達に戻るときその子は私に「25歳になったら会おう」と言った。「バカだなあ」と思いながらもなんとなく覚えてた。私もバカ。昨年末、ミャンマーに旅行中の私に「いまなにしてる?」という連絡をその男は寄越した。その"約束"を覚えてなのかどうなのかはわからないが、たしかに今年25歳になる。

 

電話はたまにしてた。大抵はどちらかが「全員馬鹿野郎」となったとき。年月が生み出す阿吽は心地がいい。1をいえば10をわかる、対話がサボれる。さらにいえば、「聞くばかりではなく、私の話を聞いてもらえる人」で私の持つ引力に甘えない(傲慢)。そういう存在があることはありがたく、もっとこういう友達がいれば良いのにと思いつつ、たくさんいたら困るな。

会いたい人に会いに行くということ、もうほとんど生きる決意だ〜と最近よく考える。私も、もう会わないと決めている会いたい人に会いに行きたい。許せないのは相手ではなく その時の弱かった私なのでしょう。早く会いたいな、会うの楽しみだな。その日を取り決めた日からそうやってソワソワしている。どんな人になってんだろか。

 

息を吸って吐いてるだけでなんだかどんどん荷物が増えていき、身体が重い。恥を捨て、妥協を捨て、自分でもぎ取ったものでさえ、手に負えなくなり、もう全部捨てちまおうかなんて考えたりする。そうしたら新しく何かが始まりそうな気がしてしまう。

恥を持ち、妥協をした結末。自分はそうはならないぞ、絶対に、これは世の中への怒り。と、努力を続けるうちに「頑張らないのは甘え」と思うようになる。求めるゴールが異なるだけの頑張る人と頑張らない人の間で、溝がどんどんが発生する。フジファブリックの志村が「茜色の夕日」を富士五湖文化センターで奏でる前に言ってたMC、本当にいつ聞いても泣いてしまう。それを聞くたびに思い出す酒の飲み過ぎで死んでしまった私のことが大好きだったおじさんがよぎるのは本当に勘弁して欲しい。元気かな、友達。

 

これまで幾度となく「あなたは誰よりしたたかなのにそれを隠して何にも考えてませんみたいな顔をして、欲しいものは必ず手に入れる。」と言われてきた。何回も何回も頭の中で繰り返して、自分に呪いをかけてしまった。思ったことは言わなくちゃ、出来るとも出来ないとも思われないように。

でも、最近気づいた。わたしはわたしのやり方でけっこー頑張ってる。みんなには見えないかもしれないけどよくやってる。古傷を抱えながらも戦ってる。それが何も考えてないように見えたならそれこそ頑張ってる。努力の評価軸が他人だとしても、手に入れたなりによくやってる。だから負けない。勝たない。泣かない。卑下しない。

今上手にできなくてもあとで「あれは楽しかった」って思うこともある。楽できた、ラッキーと思っていても、もっとちゃんと考えればよかったって思うこともある。そしてそれは自分しか分からない。人生の最後にやっと分かること。

だから置かれた場所で咲かず、生きやすい場所に移動する種類の花として生きる。動くかどうかわからないけど触られて、「待ってました」と言わんばかりに挙動する含羞草。